*タイトルリスト*
- 2009/11/23 : 主役落ちした主役としては:(0) - 種考察もどき
- 2009/11/19 : やり直しの機会:(0) - 種考察もどき
- 2009/11/16 : メカれいはちょっと…:(0) - 拍手お返事
- 2009/11/15 : 種の話題を3つほど:(0) - 種萌え語り
- 2009/10/16 : ポスターを見て:(0) - 種萌え語り
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コメント返しではありますが、先日の補足でもあります。
2009/11/19 コメントの方> こんにちは、長文でのコメント、どうもありがとうございました。 ギルタリが好きだとおっしゃる方から、彼らのことについてのコメントを頂けるのは滅多にない機会ですので、嬉しいです。 設置した当初は公式拍手の制限より少し長めの形で設定していたのですが、今では公式拍手の制限の方が長いという状況になっていましたので、ご不便をおかけして申し訳ありませんでした。(制限を緩和しましたので、今はそれほど不自由はない状態になったと思います) その辺を語りすぎるのも、と思っていましたが、せっかくなので踏み込んで書くことにします。(頂いたコメントからは脱線する語りをかなり含みますが、ご了承下さい) キラがレイを見捨てた部分は、「タリアがレイを道連れにしている」状態になっていますので、キラだけが悪い状態ではありません。 キラに関しては以前にも書きましたが、フレイを殺したという点でラウを恨んでいたので、別人だとわかっていても感情制御出来ず、タリアの言葉に従うことにしたと解釈すれば、理解出来ます。 (もしくは、生身で銃を突きつけられて自分の死の可能性を実感して、自分の命を優先した……とも見えますが、そういう感情は人間的で当たり前だと思います。でも、その本編描写通りにキラを描く方は少ないので、本編のキラがファンの方にどう解釈されているのかわかりません) ただ、アスランがそこにいたというのは、「敵でしかないキラ」「長く生きられないラウと同じクローンと知っている状態のキラ」が見捨てたのと違って、「シンを今は敵なのに助けている」「(クローンという事情は知らないので)レイには普通に生きていける未来があると思っている」にも関わらず、という状況なので、好意的解釈をするのは難しいです。 レイとアスランはハッキリ敵対していた関係ですから、「嫌いな奴だから」という感情を出しているアスランならわかります……が、アスラン側の視点でそういう解釈はさすがに見かけません。 ジ・エッジでは、デュランダル議長に父親の影を重ねて、レイが一緒に死に逃げられることを羨ましく思う形でしたけれど、それが改変にならない精一杯のフォローだと思います。種最終話を考えると、思考が逆戻りしたんだなー……と悲しくなりましたけど。(でも、多分アスラン寄りとしてはそれ以外の解釈はあり得ないでしょうね) で、タリアの「子どもがいるの」発言には、キラに「子どもがいるなら、生きるべきでは?」という気持ちを呼び起こさせて、キラが脱出を勧めるか試したのでは?……という妄想も沸いてきます。そこでキラが普通に了承したからこそ、タリアはレイを呼び寄せて……という流れでしたので。 ギルバートがその発言に対して反応を示さなかったのは、最後に自分を選んでくれた満足感に浸りたかったから、というよりも、それが嘘だ(もうすでにいない)と知っていたからという方が、自分の好みです。 でも、もうすぐ死にそうな状態での思考としては、好きな人と一緒にいられる最後というのは理想的ですから……そう言ってしまうのは仕方ないだろう、とも思います。 (種運命最初で、デュランダルが脱出したあと「死の危険性が高い作業を行う(タリアとレイがいる)ミネルバ」という状況でしたから、「自分の感情」よりも「世の為」を優先するのかな、という印象でした。が、最後は……理想は実現出来なくなったと確定してしまいましたし、自分の感情を優先するのはやむを得ないことでしょうね) タリアは、そもそも「夫は死んでいる」のか「離婚している」のか「まだ結婚中」なのか、ということもわからない状態です。子どもは夫の父母の所にいるのか、それともタリアの父母の所にいるのか、寄宿舎に預けられているのか、そういうことすら全く不明のままでした。私は、タリアの夫は種運命開始前に死んでいると思っていますが……。 (結婚していないアンドリュー・バルトフェルドだったにも関わらず、アイシャが恋人ではなく「愛人」だったのは、婚姻統制を無視しているカップルだったかららしいです。それが公然と部隊内で認められていたという点や、メイリンたちが葛藤も無くアスランを狙っていた点など、謎が多いのがプラント社会ですね) 元々種は、指導者が集団自決することを徹底的に賛美していた話でした(ウズミが五大氏族全員巻き込んで自爆したことが「感動的に描かれて、それ以外の見方を許さない形」になっていました)し、悪役として描写された指導者、ラスボスには死ぬ以外の運命は存在しない(ムルタ・アズラエル、パトリック・ザラ、ラウ・ル・クルーゼ、ウナト・ロマ・セイラン、ユウナ・ロマ・セイラン、ロード・ジブリール、ギルバート・デュランダル、レイ・ザ・バレル)ので、ギルタリレイが心中という結末も「種らしいね」という状態ではあるのです。 (ムウが種運命最後に助かったのも、キラやアスランがどう見ても死ぬ状況で生き残っていることと同様に「種らしい」です) ただ、デュランダル議長は、あの時点で(パトリック・ザラとは違い)超兵器をすでに運用出来なくなった状態ですし、指令を出すことも出来ない状態になっています。脱出艇で逃げるつもりなら出来たのにしなかった議長は、一人で死を決めていたという状態だったはずです。 ところが、キラが何故機体を降りてわざわざあの中に入ったのか?は謎です。キラは、デュランダル議長と話してみたかったということなのでしょうが、その結果があの状態ですから、やっぱりキラのことを肯定するのは難しいです。 私は「『主役落ちした主役』という肩書きを持っているシン」の最終話の扱いには、別に不満はないんだな、と考え直してみてしみじみ思いました。「最終話のあの場面にシンがいないことこそが、私がシンを好きでいられる条件」だったんだと、スパロボの展開が世間的に賞賛されているのを横目でみながら、つくづく実感します。 高山版マンガは、完全にギル悪役+ギルとキラを絡ませない+レイが自分で死ぬことを選んでいるという点で、レイの最期に関しては嫌いですけど(そんな所に構ってられないのはわかりますが(苦笑))……シンについては、シンが主役らしくてよかったなあと思います。 ・シンの反論を盛り込んだアスランとの戦闘 ……出来ればやってほしかったかなと最終的に思ったのは、これくらいです。 但し、本編でも別にシン達が間違ってる訳ではありません。 「オーブの中枢だけをピンポイントで狙える兵器」の使用は、計算上では問題なくてもその狙いがずれてしまって「オーブの関係ない所に被害が出る可能性がある」からこそ辛かった、と解釈出来ますし。あれは、プラントが切り裂かれた場面の状況を見る限り、ジェネシスと違って本当にピンポイント攻撃用の兵器です。 「ラクスが狙われた」という件にしても、あれはどう見ても虎(orラクス自身)の自作自演に見えます。そう考えた方が、議長が指示したと考えるより矛盾がありません。議長が知っていて黙認していたという線が、一応可能性が高いようですが。 詳しい情報を知っているはずがないキラやアスラン達の、デュランダル議長側に対する各種の推測は、それがあたかも真実かのような演出になっていますが、それが確定出来る要素はありません。 要するに本編は、彼らが「真実とは違うのに、そう思い込んでいるだけ」と解釈出来る状態なのです。 (一般的な見方ではないことはわかっていますw でも、否定することも出来ない見方だと思いますので、こんな解釈をしています) シンが彼らを憎んではいけない話になる、各種二次媒体での修正が嫌いです。 例えば、ステラが死んだことに対して恨んだのは逆恨みと言われていますが、本編では別に逆恨みではないです。キラが邪魔しなければ、ステラを止められた状態だったのは事実ですから。 本編でキラとアスランがレイを見捨てた部分は、キラやアスランやレイの心情はどうとでも解釈出来る状態で、残されたシンの心情もどうとでも解釈出来る……どうとでも解釈出来る本編だからこそ、好きです。 実は、タリアがあのあと我に返って、3人一緒に救命艇に乗って脱出してます。そんな暇がないような演出になってるのは幻です。ちゃんとシン達の所に帰ってくるんです、帰ってきたんです。そしてレイはひっそり心穏やかに過ごしながら、最後まで……世界の為に自分が出来ることをやった上で、シンとルナに見守られて逝くのです。 ……と妄想しても別に構わないはずです。一切レイ達のことに触れてない以上、「行間を読む」とこうなります。 ……なので、続編が出ることがなさそうなのは、この気持ちを壊される心配がないということですから、嬉しいです。レイがいない世界を公式として見たいとは思いませんので。 (私は、シンと一緒にいるレイファンで、レイと一緒にいるシンファンですので……レイのことを親友として心に留めていないシンを見なければならない可能性がある作品、続編は、存在して欲しくないのです) 出来ればブログだけではなく、本館のシリアス系の話各種も読んでみて下さると嬉しいです。その感想を頂けると、書きやすいことなどもありますので。 それでは、コメントどうもありがとうございました! (すぐに返信することが難しい状態でしたので、お待たせして申し訳ありません) (拍手コメントを送る場合は「拍手ボタン(コメント用)」からお送り下さい) |
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ある種運命再構成話を読み直していて、ステラ返還直後のシンとアスランのやりとりの後、レイが最初の発作を起こす描写を読んで、そこから本編最後を思い出して、涙が溢れて止まらなくなりました。
(その再構成話自体は、本編と違う結末を迎えるのですが) 種運命最終話は、2回やり直しの機会がありました。 けれど、キラがレイを見捨てた「最初の最終話」から、プラスしてアスランまでもが言い訳不可能な状態で見捨てた「2回目の最終話」、そしてその部分の描写は変わらなかった(ラウの幻はともかく、キラとアスランの行動は)「最終的な最終話」を考えると、この部分は監督夫妻にとって変えられないことだったのだ、と実感します。 でも、あの本編だからこそ、「キラとアスランがレイを見捨てたこと」について、「レイの親友だったシンがアスラン達に憎しみを持っている」と解釈しても構わないと思います。「レイの最期をシンが知らない状態だと思える形」での、その後の描写、キラとの握手ですし。レイのことに一切触れていない=「どのような感情を持っているのか、どのような解釈をしてもよい」ということでしょう。……アスランがミネルバを撃沈させたから、レイの遺品すらシン達の手元に存在し得ない状態なのは、やりきれません。 思う存分そのことについて語れる状態の結末だからこそ、私は未だに種から離れられないのだと思います。愛と憎しみは紙一重と言いますが、こうでない道があったはずなのにと思うからこそ、私は……彼らが大嫌いだけど好きなのです。 だからこそ、その部分を変えてしまう改変、「シンがキラ達を憎悪しないような形に出来る、キラ達に都合のよい改変」は、嫌いです。角川リウ小説も、高山版のマンガも、スパロボも。 私は、レイの最期を知らないからこそ、諦めてアスランに従っていたシンだと思っています。その後、アスラン達が『議長は間違っていたんだ』とシンに言い含めて、レイを見捨てたことを自分に都合よく説明しても、もうそれに反抗する気力はなかったでしょう。シンは、キラの部下になるという運命を与えられても従うしか……それ以外の道は残されていません。別に、レイが間違っていたと思っていなくても。 シンがラクスの部下になったのなら、レイと議長が願っていたはずの「コーディネイターの未来が作れる世界」になるように、ラクスの意識を変えてくれることを願っています。 ラクスが、コーディネイターとナチュラルの融和の為の策を考える、「コーディネイターはナチュラルに回帰して未来を作るべきだ、という父親の思想を受け継ぐ人」に変わってほしいと思います。 (種運命以降のラクスの行動は、父親の思想とは真逆です。……でも、ラクスが君臨した世界が種運命の結末ですから、ラクスに変わって欲しいと願っています) レイが最後、あそこで死ぬ状態になったことについては…… 「レイがもしそこで助かったとしても、どっちみちすぐ死ぬんだから、親代わりと一緒に死ねる方が幸せだろう?」 そう思われていること……一般の大多数の種視聴者の感想は、こんな感じだということは、わかっています。 ですが、議長を悪者にしつつ、キラ達に言い訳不可能な形で見捨てるという選択をさせることなく、一般的に後味のよい形に変更することは、本当は可能だったと思います。 レイの寿命が短いというのは議長がついていた嘘で、クローンだけどその運命から逃れられる体だった。プラン推進の為のコマとする為に騙していただけだった、とすれば。 ……そうでなくても、キラとアスランに見捨てられる場面で、「レイがきっぱりと自分の意志で議長と共に死ぬことを望んだ」という描写にすれば、キラとアスランの罪になりません。あるいは、あの角川リウ小説のように「生きることを諦めているとシンに伝える」描写を挟めば、レイの最期に対する憤りをシンが持つことはなく、キラ達に怒りが向けられることはないです。 でも、本編ではそうなりませんでした。 レイは、生きていたかった……生きていきたかった、と思っていたはずです。 そして、「レイはキラを恨んでいる」描写なんて、本編には存在していません。49話でのシンへの告白で、誰も恨んでいないレイの心情が語られていました。人類に絶望していたラウとは違う心情が語られていました。ラウとは違うレイが描かれていたんです。 本編だけを見たら、デュランダル議長のやろうとしていたことは、あの世界にとって間違っていたことだった、という演出ではありません。 キラ達がデュランダル議長を殺して、キラとラクスがプラントを支配した、というだけの事実です。ラクスがそれからどうするのか、ということは描かれていませんから、どのようにでも想像出来ます。 だから、私はあの「本編」が好きですし、角川リウ小説やスパロボは大嫌いです。 (「二次創作として優れている」のはわかっていますが、本編に成り代わるものではありません。その解釈を強制されたくありません。そして、たとえ監督や脚本家の発言であっても、「フィルムに現れたものがすべて」ですから、それらの発言が絶対だとは思っていません。基本的に私が尊重するのは「設定」だけです) あ、タリアについては、「子どもがいるの。会ってやってね」というのが、最高の皮肉だとしたらよかったんだけど、などと思っています。 この部分(子を捨てて男と心中)は最悪の女性としか思えませんので、私がこの最終結末を思い出してはギルタリを書く気が起こらなくなっている最大の原因なんですが…… (でも、子どもがいることを別にすれば……息子がもうすでにこの世にいないなら、ギルタリレイで心中は、一般的に一番後腐れ無い結末なんだろうな、と思います。キラ達が後ろめたくない言い訳をたっぷり付ける、一般的二次創作の各種言い訳を加えれば。その部分がないからこそ、そこを付け足して欲しかったとAA側のファンは思ったでしょうけど、「それを描かなかったのが本編」です) 実はプラントの幾つかが破壊された中にタリアの息子がいて、その破壊の原因の責任の一部はキラ達にあることを知っていて、それを皮肉る為の捨て身の言葉だったというのはどうでしょう。……いや、無理がありすぎますね、うん。元々タリアはAAに同調するような思考でしたし。 でも、どうしてタリアの息子が「今、生きている」ことにしてしまったのか、どうして最悪の女性として書く必要があったのか、突き詰めて考えてみると…… 「コーディネイターは愛に生きて滅びるべきだ」というメッセージを伝える為の物だったのだろうか、キラを公然と恋人にする最高評議長のラクスという結末も合わせると? ……と深読みしたくなりました。 いえ、『コーディネイターはコーディネイター同士では未来を作れない設定』を忘れて、キララクを描いているだけなんだろうな、というのはわかってるんですけど。 (この設定は、竹田プロデューサーの希望で入れられたという噂を見ました。種の角川リウ小説巻末についている解説に、竹田プロデューサーの遺伝子操作(コーディネイター)に関する見解が書いてありました。ですから、監督夫妻はこの設定を種運命でもきちんと守ってほしかっ……種ではこの点を一応クリアしていて、希望があるラストだったのに……キララクは別に恋愛じゃありませんでしたし) 本当にその辺を監督夫妻は忘れている、もしくは意図的に無視しているんでしょうね。……ディアミリすら破局させて、虎を黄昏れさせる結末にして、どう考えても場違いなシホをSP最後の場面に同席させたような状態も見る限り。 どうしてコーディネイターとナチュラルの組み合わせのカップルが1組たりとも最終的に存在しない上に、コーディネイター同士の恋愛推奨かのような結末にしたのか、「ラクスが導くプラントは絶望の未来になります」という意図での描写、「所詮、コーディネイターとナチュラルはわかり合えない」という意図での描写ならばわかりますが、監督夫妻にそんな発言は当然のことながらありませんので……そういう絶望の未来を、視聴者に明確に提示したかったというわけではないでしょう。 (キラを中心としたキャラクター商品を売る為の商業として当然のことですが、あのラストが「ハッピーエンド」だと、深く考えない視聴者に認識させる為の演出はすごいと思います。最後まで敵対していたシンがキラの仲間になって、キラとラクスが頂点に立ったラストですから、「深く考えなければ」ハッピーエンドに見えます) 「コーディネイターには未来がない(それは技術では解決出来ない)」という設定は変えられないことですが、キララクカップルを描写したいという監督の希望も変えられないことです。ですから、視聴者にその設定を忘れさせる、思い出させないようにして、話を作ったのでしょう。本編だけではわかりにくかったコーディネイターに関する絶望的な設定は一部のムックにしか載せられていませんし、それを気にする視聴者は一般的な種ファンの中には存在しませんので。 (コーディネイターは婚姻統制で選ばれた同士でないと「(100%とは言わないがほぼ無理という確率で)子供が生まれない」&「婚姻統制に従っても出生率が低い」という設定が、どれだけ社会的に絶望的な状態なのかを深く考える人は、殆どいませんから) ラクスの世界でも「コーディネイターの未来に希望がある世界」になるなら、「運命計画ってダメだよね、レイと議長は間違ってたよね」を肯定しても構わないんです。私には、それ以上の案があると考えることは難しいのですが。ラクスがどうやって「コーディネイターの未来」を作るつもりなのか、「監督夫妻がその点を描いてくれるなら」……見てみたいかもしれません。 そういった設定の隙を突いて色々な解釈を考えることが出来るあの種運命本編は、楽しい箱庭です。 でも、それを別の人の手で壊されるのは、嫌です。 だから、映像媒体ではない(上に、設定を根本から破壊している)アストレイは当然のことながら、監督夫妻以外の人が作った「続編」がもしも出来たとしても、私が好きな「ガンダムSEED DESTINYの本編」と関係があるものとは考えません。 種映画がなくても、ガンダムシリーズとしては色々新作の予定があるのですから……立ち消えで構わないと思います。 ところで、本日11/19はギルバート・デュランダル最高評議会議長の誕生日です。 こんな記事を書いてますが、デュランダル議長、お誕生日おめでとうございます! (拍手コメントを送る場合は「拍手ボタン(コメント用)」からお送り下さい) |
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2009/11/16 コメントの方>
こんにちは、その節はどうもありがとうございました。 このコメントを見る前に、種運命の最後と映画のことについて語った記事を書き上げていたので、ちょっと……その、頂いたコメントとは全く違う意見を次の記事に上げる状態になりますが、すみません。 メカれいに関しては、そのネタが出た初出の話に怒って、せめてこうだったらという形の付け足し会話劇を、以前作っていました。 http://fllay.blog63.fc2.com/blog-entry-146.html 今でも、悲しくて悔しくてつらいのです。 こんな形で扱われてしまうのがレイなんだ、と突きつけられることが。 だから、出来ればこんな形の続きであってほしかったです。 えほんは、多分……れい達の方が生徒会という役所になっている点で、ほとんどの種ファンからは不評だったんじゃないかという気がします。 4コマでもなんでも、れいとしんが仲がよい姿を見れるならいいのですが、それが望めるかどうかわからない状態なのがつらいです。せめてパラレルでなら、れいが恋人を作る姿をみれるかな?と思い描こうとしても、相手がいない状態なので……キラ達とシンを仲良くさせている場合、レイは扱いにくいキャラだろうということもわかってますし、出るかどうかが微妙だなと溜息をついています。 ともあれ、この度はコメント頂き、どうもありがとうございました! また機会がありましたら、お立ち寄り下さいませ。 (拍手コメントを送る場合は「拍手ボタン(コメント用)」からお送り下さい) |
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えー、ちょっとブログ記事を書かない日々が続いていたのですが、別に種で語りたいことがないからブログを書かないという状態ではないのです。
むしろ逆で、書きたいことは色々あるんだけど、それを一般的に問題ない形の文章にするのが面倒だったというだけなのです。 (1ヶ月前、書いて1日で引っ込めた記事が2つほどあったりしましたけど、そういうのを書き直す気力もなくて……) とりあえずこの1ヶ月の間に、種に関する3つの話題がありました。 その1 ガンダムエースで、たねきゃら4コマ再始動 ……勝手に悲観的になるのは、と思って話題にするのを控えてきたのですが、れいは「生身で、しんとるなの親友として」出てきてくれるんでしょうか……。 なんか ・「メカれい」の話題が出ている ・周りのチビキャライラスト群に、すてらがあるけどれいがいない というコンボを目の前にして、どん底まで落ち込みたくなりました。 あの4コマって、一応単行本の最後は「れいとにこるがピアニストとしての未来を思い描ける世界」のはずだと思ったんですけど、メカれいの話題が真っ先に出ているあたり……どういう扱いになるのかと……。 しんるながカップルの世界だというのは、嬉しいんですけどね……ただ、たねきゃらのマンガって、異常かつ過剰にレイのギルへの思慕をホモ化ギャグにしてるのが、私としてはむかつくので……(版権がそういうことをして欲しくない為。ギルへの思慕はあくまでも親子愛です。って、男性の種運命感想に悉く、レイがギルの稚児だの何だのと書かれていたことに対するトラウマがありまして……そういう「設定」かのように言われるのは、いくら何でもあんまりです) れいが出てきたとしても、その方向+メカれいへのしんの態度な合わせ技という、最悪パターンかもしれない、とかなり怯えています。 でも、出てこなくて、しんときらたちの掛け合いばかり見せつけられるのも泣きます。 どっちにしても泣きたいですが……レイとシンファンとして一番いい世界は、4コマ世界ではなくて「えほん」の世界観なんです。 えほん世界は、れい達が正義の生徒会、らくす達は学園の困ったさん、れいの変な描写もそれほど無し、きららくであすかがでしんるなですから。 ……どれくらい続くのか不明ですけど、えほんも含めて単行本化出来る程度に続くのかな。 その2 種映画白紙化? 映画情報サイトに2010年12月予定で入っていた種映画でしたが、その項目が先日前触れもなく消えました。(公開時期が未定の映画はとりあえず次の年の12月に押しやられるサイトで、以前から2008年とかに入ってました) 監督と脚本家を変えれば作れるだろう、などと言われてはいますけど……それを変えたら「種本編の続編として認められない」と思います。 ガンダムSEEDというのは、あの監督と脚本家が作ったからこその作品であって、それ以外で作ってはいけない作品です。だから、彼らが作れない状態である今、種映画は中止になるのが妥当です。 ……ああ、いえ、どんな監督脚本でもレイが間違ってる扱いになるだろう(スパロボを見ると、それ以外の扱いはあり得ないと実感出来ますorz)とか、そういう個人的な思いは脇に置いたとしても、それとは全く別の部分で……確定されるとすごく嫌な項目がありますし。 その3 種DVDBOX化 来年2月に26000円ほどで出るらしいですが、特典は何でしょうね。 スペエディやFDは持ってますが、本編は種も種運命も持っていない(最終巻以外)ので、多分特典につられて買うと思います。……今後、種運命も出ますよね。 種でフレイの書き下ろしは期待出来ない気がしますが、種運命でレイの書き下ろしイラストは期待したいです……私服でシンとペアになってるのだったら、最高なんですけど……いや、私服なんて贅沢は言いません、シンと一緒ということだけを希望します、期待します、お願いします。 (拍手コメントを送る場合は「拍手ボタン(コメント用)」からお送り下さい) |
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今年9月にアニメイトで発売された「SEED DESTINY ピンナップコレクション」のレイ&シンの絵を元にした、ルナ、シン、レイの小話です。(「続きを読む」をクリックしてお読み下さい)
---------------------- 「これが例のザフト広報ポスターね。レイとシンがモデルだって言うから、どんな風になるのかと思ってたけれど……普段のイメージと逆に入れ替わってるのは、どういうコンセプトだったのかしら。それに、これって……」 ルナマリアが壁に貼られたポスターを見ていると、ちょうどそこに件の二人が通りかかった。
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